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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)12833号 判決 1972年10月17日

原告 門馬義芳

右訴訟代理人弁護士 藪下紀一

被告 大東信販株式会社

右代表者代表取締役 栗田利一

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 江藤馨

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、別紙目録記載の土地、建物につき昭和四五年三月一九日東京法務局調布出張所受付第七四八六号の所有権移転登記(被告ら各自二分の一の持分)の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三三年四月一五日、訴外亡田中長吉からその所有にかかる別紙目録記載の土地、建物(以下本件土地建物という)を譲受けてその所有権を取得した。

2  しかるに不動産登記簿によれば、その後被告らのために請求の趣旨第1項記載の所有権移転登記がなされている。

よって原告は被告らに対し、右登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

全部認める。

三  抗弁

被告らは、以下1、2に述べる経過で所有権を取得したもので、係争登記は有効である。

1  原告は、昭和三七年九月一七日、訴外清水美尚との間で本件土地建物を右清水に売渡す契約をなし、同日東京法務局調布出張所受付一五、九二四号をもって所有権移転登記をした。

2(一)  右清水は、昭和四一年六月一日、同人の経営する訴外清水観光株式会社が訴外勧業信用組合との間で手形貸付、手形割引等による継続的金銭貸付契約を締結した際に、右信用組合との間で右契約から生ずる清水観光の債務を担保するため、本件土地建物に元本極度額三、〇〇〇万円の根抵当権を設定した。

(二)  その後右勧業信用組合の申立てにより、右根抵当権に基き、本件土地建物について競売手続(東京地方裁判所昭和四四年(ケ)第六九一号土地建物競売事件)が開始され、被告らが競落し、昭和四四年一二月四日、競落価格五、二二五、〇〇〇円で本件土地建物(被告らの持分は各二分の一)の競落することを許可する旨の決定がなされた。

(三)  被告らは昭和四五年三月一一日右競売代金の支払を完了した。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  第1項の事実は認める。ただし、原告と清水間の売買は、後記再抗弁記載のとおり、仮装売買であるから、所有権は清水に移転しない。

2  第2項の事実は認める。しかし、清水は前項記載のとおり、無権利者であるから、根抵当権設定登記は無効であり、被告らは競落しても所有権を取得しない。

五  再抗弁

1  原告から訴外清水へ売買名下に前記所有権移転登記がなされたのは、原告が清水と通謀のうえ、原告の訴外八欧電気株式会社に対する債務につき清水が連帯保証人としての地位にあったため、その弁済資金を原告に貸与してくれたことならびに原告が他の債権者からの追求を免れるためという二つの理由から真実所有権移転の意思がないのに、原告と清水において、通謀して売買の成立があったかのように作為したものである。

2  被告は右の事実を知りながら競落したものである。

六  再抗弁に対する被告らの答弁

否認する。(かりに1の事実が認められたとしても、右事実につき被告らは競落当時善意であった。)

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因事実および抗弁事実については、当事者間に争いがない。

二  通謀虚偽表示の成否

本件主要の争点は本件土地建物の所有権が原告から訴外清水美尚へ移転したか否かである。よってこの点につき判断する。

原告から訴外清水へ本件土地建物につき昭和三七年九月一七日売買を原因とする東京法務局調布出張所同日受附第一五九二四号をもって所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いのない事実であるが、この事実のみをもって右両名間に実体法上本件土地建物の所有権が移転したと推認することはできない。そこで証拠を検討するに、≪証拠省略≫によれば、原告の経営する訴外国際テレビジョン株式会社は、昭和三七年八月頃、訴外八欧電気株式会社に対して約二五〇万円の債務を負うに至り、右債務の連帯保証人であった清水は、その所有する不動産につき右八欧電気から仮差押を受けたので、前記国際テレビジョンに代って右債務の弁済をしたこと、このことから原告は清水に対し道義上の責任を感じていたのと自己の債権者からの責任追求を免れるために、原告は所有権移転の意思がないのに、所有権が清水に移転したことの外観を作るため、清水と通謀して本件土地建物の所有名義を売買名下に清水に一時的に移転しておくことを示し合わせ、仮装の売買契約書などを作って前認定のような所有権移転登記をなしたことが認められる。したがって、前記清水のためになされた本件土地建物の所有権移転登記の登記原因である売買は、原告主張のように通謀虚偽表示によるものであるから無効というべきである。

しかるところ、原告は、被告らにおいて原告と清水間の右仮装売買の事情を知っていたと主張し、被告らは、これを否認し、この点につき善意であったと主張するので、以下この点につき、まず大前提となる法律問題につき、しばらく検討する。

三  善意悪意の主張立証責任と中間者の善意悪意について

(一)  思うに、民法九四条二項にいう第三者とは、通謀虚偽表示の当事者から直接財産権を取得した者のみならず、その取得者からさらにこれを取得した転得者(その後の者も同様)も含まれるものと解する。そして、法文には、第三者が善意の場合には通謀虚偽表示の無効を当該第三者に対抗しえない旨を規定するので、法文の形式体裁だけからすれば、第三者の善意については、その第三者において主張立証責任を負うものとすべきもののようにも一応考えられる。しかし、法文の形式のみによってことを考えることは、必ずしも妥当ではなく、主張立証責任の公平な分配という基本的要請に思い致して考えると、虚偽表示の結果不動産登記簿に権利の設定または移転の登記がなされた場合のように、一般第三者がとかく信用しがちな外観が公式に作出されている場合には、通謀虚偽表示の当事者において、その外観ないしそのもととなった法律行為が通謀虚偽表示によってなされたことのほか、第三者(つまり訴訟の相手方)がそのことを知っていたこと換言すれば第三者の悪意についても、主張立証の責任があるものと解するのが正しいものと信ずる(この点に関し、最高裁昭和三五年二月二日最高民集一四巻一号三六頁および最高裁昭和四一年一二月二二日最高民集二〇巻一〇号二一六八頁は反対の解釈を示しているが、右解釈には賛成できない)。

(二)  しこうして、権利が転輾譲渡された場合においては、訴訟において被告とされている第三者の前者である中間者の善意悪意は被告の権利の帰すうには影響を及ぼさないものと解する。たとえば、甲乙間の通謀虚偽表示により、甲から乙に不動産所有権の移転の仮装がなされた後、その権利につき乙から丙、丙から丁へと順次権利移転の法律行為がなされた場合、甲がかりに中間者丙の悪意の立証に成功しても、丁自身の悪意を証明できない場合には、甲は丁の権利取得を否認することができないし、その反面、丁が自己の前者であり丙の善意の立証に成功しても、甲において丁の悪意を証明したときは、甲は丁が無権利者であることを主張できるものと解する。(この点に関し、大審院昭和六年一〇月二四日新聞三三三四号四頁は反対の解釈を示しているが賛成できない。)

(三)  本件の場合は、右の設例の場合と多少趣を異にし、AB間の通謀虚偽表示により、AからBに不動産所有権の権利移転の外観(売買による所有権移転登記)が作偽された後、Bが右不動産につきCのために根抵当権を設定し、右根抵当権の実行によりDが競落した場合である。しかしこの場合においても前の設例の場合に準じ、AD間の関係においては根抵当権者Cの善意悪意は問題ではなく、Dの善意悪意だけがことを決する要件となるものと解する。

四  被告らの善意悪意について

以上の見解に立脚して、被告らが競落の当時原告と清水間の前認定の通謀虚偽表示の事実を知っていた(悪意)かどうかにつき判断する。まず、甲第五ないし八号証はいずれも原告本人の供述により真正に成立したものと認められる。そしてこのうち、甲第五号証は、原告が本件の競落開始を知った後、自己が本件不動産の名義貸人である故第三者に競落されては困る旨を記載し、競売裁判所に宛てて提出した上申書であり、甲第六ないし第八号証はいずれもその疎明のための添附書類であり、証人吉良忠重の証言と取寄にかかる本件の競売記録によれば、競売期日には右各書類が一件記録のなかに編綴され、右記録は利害関係人において閲覧しうる状況にあったことが認められ、さらに≪証拠省略≫によれば、訴外斯波政夫は本件競落に先立ち、不動産所在地に赴いて一応の下検分をなし、被告会社の代表者である栗田利一にも競落をすすめたものであり、また、本件競落当日は被告斯波俊夫の競落を事実上代行したものであるが、右政夫と右栗田利一は本件競落の前に前記競売記録を一通り閲覧したことが認められる。そして、同人らが右閲覧に当り、記録中にあった前記甲第五ないし八号証の書類を発見し、これを読んだかどうかについては必ずしも十分の心証を得ないが(この両名はこれらを見なかったと述べているが)、元来、前記甲第五号証ないし第八号証記載の文面には、前認定のような通謀虚偽表示の事実関係がくわしく記載されているわけでもなく、また、右記録中には、上申書の提出者である原告が本件建物の一部の賃借人である旨を記載した執行吏の報告書も編綴されているので、これと前記書類とを対比するときは、原告が果して上申書にいう名義貸人(この用語自身もさして明確だとはいえない)であるかどうかはよく分らなくなる次第である。したがって、証人吉良忠重は、競落現場で斯波政夫に対して前記上申書などをよく読めと注意したから、斯波政夫や栗田利一らは本件物件が原告の所有であることは競落前に分っていた筈だと述べているが、同人らは、通謀虚偽表示の当事者である原告や清水に会ってこれらの者から話をきいたわけでもないのであるから、たとい栗田利一や斯波政夫らが前記上申書等を一見したとしても、原告をもって真正な権利者であると考えることは到底できないし、まして、前記通謀虚偽表示の事情については知るよしもない次第である。したがって、前記甲第五ないし第八号証や吉良証言をもってするも、前記通謀虚偽表示の点について被告らの悪意と認める資料とするには不十分で、他にこの点を裏づけるに足る資料はなく、心証としてはむしろ善意であったと考える。

五  以上の認定説示によれば、被告らが悪意であるとの証明がないゆえ、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないことに帰するから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

<以下省略>

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